指ヶ谷リベンジ(2) 最上流・西原

前記事の鶏声ヶ窪から尾根(中山道)を一つ越え、指ヶ谷本流の上流部にやってきました。
ここは前作では紹介することができなかったので、その部分を見ていきたいと思います。

d0247424_10222116.jpg白山通り、明化小学校前の歩道橋から。左に白山通りから分かれてカーブする流路跡の道がみえます。この歩道橋のあたりに、大名屋敷の池があり、大きな水源であったと考えられます。歩道橋の東側は造成されて大きなビルが建っていますが、かつてはそのあたりまで池だったのかもしれません。この先で流路跡は2本に分かれていますが、この池に注ぐ流れがあり、湧水か、もしくは千川上水の水を引いていた…ということなのでしょうか。


d0247424_10344910.jpg文京区千石1-22 白山通りから分かれた谷筋は、この南側で水路敷扱いの路地になっていますが、谷筋に入っていく道がもう一本あります。平行して2本ある流路跡の北側のものになります。


d0247424_10385139.jpg数十m程先で、直進は道が細くなっています。下水道台帳によると、白山幹線がここをクランク状に通っていることがわかり、下水は南に折れてこの先で水路敷に合流するようです。この部分は下水転用の際に、南側川跡を利用せず北側に迂回したということでしょうか。古い地図では、この区画に対応するのかはわかりませんが、現在の水路敷の北側に、道に平行してどぶ板を渡した水路が描かれていました。



d0247424_10575836.jpg文京区千石1-24 先ほどの一本北側、千石一丁目遊園の前です。この道も怪しい凸凹がかなりあり、谷筋からは少し上ってはいますが、どぶ板を渡した水路はこのあたりを流れていたのかもしれません。



d0247424_1134415.jpg北側流路から離れて、南側のメインの川跡を源流に向かいます。川跡は不忍通りを渡った先、文京区千石4-38の道の細くなるあたりで民家に飲み込まれてしまいますが、1ブロック北側の十字路で再び出てきています。飲食店と八百屋の間に、区画に対して斜めになっているブロック塀があり、その下が川跡になります。


d0247424_11171022.jpg川跡は千石本町通り商店街の道に沿っています。文京区千石4-35あたりで、道の南側が細くなっていますが、ここで終わりではなく、道の南側から北側に移っているような雰囲気です。


d0247424_11202760.jpg文京区千石4-32で、道はT字路にぶつかります。この先谷筋をたどっていくと巣鴨駅あたりまで辿りつきますが、痕跡はほとんどないようです。ちなみに、この商店街の北側には、路地やマンホールの密集したスポットがあります。



*おまけ*
d0247424_11245761.jpg徳川マンション前にあるまるで井戸を埋めたような防火水槽。もしかしたら昔は本当に井戸だったのかもしれませんね。
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by blognest | 2011-07-22 11:28 | 谷端川・小石川

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